2007年04月19日

房総自動車経歴書

会社の経歴書

*設立の経緯
1、昭和15年10月31日支那事変時局に鑑み、成東地区全タクシー事業者の合同化を図るため成東合同タクシーを成立する。

2、自昭和20年8月13日〜至昭和23年8月31日  成東駅駐車の貨車爆発により甚大なる被蒙り最も苦難の時期。

3、昭和23年9月1日 成東合同タクシーを房総自動車有限会社と改め新規に発足したが、戦後の経済変動の波に阻まれ容易に事業は発展せず、昭和24年1月に至り、漸く再開業可能になる。 爾来漸次会社の定化と相俟って社員一同一致協力改々として、社業に努力 現在に至る。

事業及び経営者の変遷
1、成東合同タクシー設立当時、支那事変より第二次世界大戦参加と世界の状勢は一変し戦局の苛烈化に伴い、当社所属の車も徴用され終戦時僅か3両を残すのみとなる。

2、昭和23年9月1日、房総自動車有限会社と改称するに及び代表者も前代表者 金杉 義一より金杉 権二郎に変り、昭和25年4月 苦難時代を経再開業するに至り、横芝営業所を増設す。    次いで昭和28年8月に松尾営業所、昭和29年8月に二川営業所(芝山町)、昭和33年5月に日向営業所、昭和35年4月に緑海営業所と各営業所を増設、茲に漸く新発展の機運に会し、昭和42年3月代表者を金杉 権二郎より金杉 雄幸に変更し、昭和42年7月に至り更に成東海岸に営業所を増設、斯くに漸次車輌も増し軌道に乗り続けてた。

3、バブル期には、成田空港の開港に伴い、エアポートタクシーを増車し最大時は34両のタクシーを有するに至っておりました。

4、然しながら時代も平成に移り、無線機のGPS化やお客様の要望の変革そして市町村合併の荒波の中、当社もリストラの一環とし営業所を集約すると同時に、本社を成東駅前から国道近くの富田地区に移転し、集約もほぼ整いつつあります。 

5、平成19年4月現在28両のタクシーで運行しており、内16台は禁煙車輌となっております。

出資金の推移
1、昭和15年10月    32,000円
2、昭和23年 9月   200,000円
(但 増資  168,000円)
2、昭和29年12月   1、200,000円
(但 増資 1、000,000円)
2、昭和43年 9月   3,000,000円
(但 増資 1、800,000円)

当時の本社や駅前の写真も懐かしく、会長の希望で載せました!

房総過去1.JPG

現在の会長の若きし頃。 粋にタクシーに乗務してる写真です。